知ると言うこと

自分の中にある当たり前ってなんなんでしょうね。

私は多くの人と話をすることで自分の視野を広げようと楽しんでます。

当たり前を変化させていきたいし、自分の当たり前を疑いたいから。

真実って、直接目で見て確かめることが大切だと思いますが(ヨガスートラでいう、プラッティヤクシャです)

体験した人の話や、信じられる情報を見極めて判断して、自分の感覚を乗せて物事を見つめる。

  

  

目の当たりにした時の衝撃って忘れられないと思います。

どんどん行動して自分で見て体験・経験することで

自分の知識が変化して蓄積されていって、自分らしい人生を送れるようになるのだと思います。

  

写真はフィリピン・マニラのスラム街。ここは危険過ぎて、フィリピン人も近寄らないところ。

友人の協力で中に入ることができました。

スラム街に入る前に挨拶しに行った家には、大怪我をして横になっている男性がいました。

ここでは書きたくないのだけど、挨拶しに行くのがちょっと怖くて緊張してしまうエピソードがある人でした。

スラム街の現状を聞いて、スラム街に住む人々と短時間だけど交流しました。

その夜は寝付けなかったことを覚えてます。

私が知っている世界って狭すぎたなって。

昨日、フィリピンから帰国した友人と会って、フィリピン話や人間の欲について話をしたから

ふと思い立って書きました。

  

コロナ禍で行動に移しにくくても自分の知識を深めることはできると思います。

現地に行かなくても現状を知っている人の話を聞いたり、信頼できる機関からの情報を得て自分の行動に生かしたり。

信頼できる機関の選択をミスしたら意味ないけど(笑)

  

私は今知りたいことに関して、それを知っていそうな人に直接連絡してみようと思います。

今って便利よね。いろんな人と繋がれるツールがあるから。